ものかき夢想

ひたすらものかき

在りし日の書店員あるいは本屋に求めるもの

若者の読書離れが叫ばれる昨今。紙の本が電子に食われると憂える昨今。僕はそれでも本を読み、その世界に没頭した。小学校で偶然であった夢水清志郎に惚れてから、吉川英治が描く宮本武蔵に心踊り、アガサ・クリスティが展開する密室トリックに取り憑かれ、かれこれ20余年経つ。

あれは確か僕が大学生の頃、ちょうどミステリというミステリを片っ端から読んでいた頃だったと思う。毎日のように本屋へ通っては新たなミステリを買い、読み耽っていた。Kindleがまだ日本へ上陸する前だったから本棚に本が溢れかえり、しかしその光景が大好きな僕は、本の壁を日がな築いていた。

 

 ◇

 

確か駅前の本屋だったと思う。その時の僕は創元推理文庫推理小説を読み耽っていた。知ってる人は知っているレーベルだが、それでも大手出版社とは違いマイナーなので値段が比較的高い。陳列している冊数も少なく、置いていない本屋も少なくない。僕はその創元推理文庫の本を駅前の本屋へ求めに行った。

しかし見つからない。当然だ。さっきも言ったように下手すると置いていない本屋も珍しくない。普段は自力で探しだせなかったらAmazonへ逃げる僕だったが、駅前という立地上、どうしても実際に手に取れる環境を求めたかった。僕は近くで本棚の整理をしていた女性の(おそらく僕と同年代、20代前後)書店員に声をかけた。知らない人と喋ると否応なしに手に汗が滲む僕が自ら知らない人に声をかける、どれほどの勇気であったか想像に難くない。

僕が声をかけるとその書店員はこちらに顔を向けた。声をかけてから気づいた。いくら書店員といえど、あまりメジャーでない創元推理文庫の存在を知っているのだろうか?店員である以上、わからない場合は何かしらのツールで調べてくれるだろうが、その人が知らない事を聞くのがなんだか申し訳なく感じてくる。しかし既に声をかけてしまった以上はもう引き下がることはできない。求めている本、創元推理文庫の陳列棚の所在を尋ねた。

するとどうだ、仕事に疲れていた彼女の顔がみるみるうちに明るくなり、僕をある本棚へと案内し始めた。ずんずん歩く彼女は後ろから見ても楽しそうに見えた。自分が好きなカテゴリについて聞かれた時ついつい暴走してしまう、そんな感じだった。この人は僕と同じように、創元推理文庫が好きなのかもしれない。僕と同じように、ないかもしれない本を本屋で探し求めた経験があるのかもしれない。僕と同じように、探していた本を見つけられた喜びを知っているのかもしれない。結局は予想だが、ただひとつ確実なのは、この人は僕と同じく、本が大好きなのだということ。

創元推理文庫の棚は無事に見つかった。簡単にお礼をすると、書店員は笑顔で自分の持ち場へ戻る。僕はその本棚の中から気になっていた本を手に取り、帰った。

 

 ◇

 

あの日の出来事は僕の中で今も根強く残り続けている。今は昔と違い、電子書籍での書籍の流通が盛んになっている。やろうと思えば誰でも本が出版できる。電子だからこその強みが如実に現れているといえよう。しかして紙にも紙の良さがある。何より書店員との交流がある。僕が、あるいは本好きが求めているのはそういうところにあるのかもしれない。

 

 

月光ゲーム―Yの悲劇’88 (創元推理文庫)

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