【SS】その瞳に映るもの
「…………うるさい」
「へ?」
ある夕暮れの教室、2人の高校生が黄昏に紛れて思いおもいの時間を過ごしていた。背の高い男性は椅子に座って新書本と見つめ合い、背の低い女性は紅茶を飲みながらスマートフォンと戯れている。
「先輩どうしたんですか?何がそんなに気に食わないんですか?私何も喋っていませんよ?スマホも音を出していませんし」
"先輩"と呼ばれた男が苦々しく口を開く。
「お前自身は別に構わんのだよ。僕が言いたいのはそこのCDプレイヤーから流れてくる音だ」
彼は机に鎮座している球体のCDプレイヤーを指さす。その球体からは、けたたましいとも言える程の大音量で猫なで声が聞こえてくる。
「えー、だってかわいいじゃないですか。最近ハマってるんですよ、声優さんのCD」
「何度も言っているが、ここは本を読む場所であって声優の声に萌える場所ではない。集中出来ないから切るぞ」
「あー!あー!そういうことしちゃいますか!なんでそう私のやりたいことを邪魔してくるんですか!だいたい私は副部長ですよ!副部長が部室で何しようが勝手じゃないですか!」
「君が副部長なのは僕と君の他に誰も部員がいないからだし、僕は君より偉い部長なんだ。副部長の主張をかなぐり捨てる事に意味がある」
「なんですかその理屈はー!独裁政治だー!うわー!デモ起こしてやるー!」
彼女が革命の実行を決意している中、彼は球体のそれを沈化させる。部室に静寂が取り戻された瞬間であった。がっくりとうなだれる彼女。
「無慈悲だ……この世には神も仏もいないんだ……」
「僕はリアリストだから神も仏もあったもんじゃないけど、いくらなんでも大袈裟だろう。別の曲をかけてやるから我慢しな」
彼が取り出したのは世界的に有名な音楽家のアルバムであった。先ほどとは一転して軽快で緩やかな音楽が流れる。
「先輩ってそういう曲好きですよね。なんなんですか?血縁関係でもあるんですか?」
「君は相変わらず意味のわからないことを言うね。ゆったりと読書をするには、こういった川のせせらぎを想起させてくれるようななだらかな音楽のほうが良い」
「先輩は相変わらず意味がわかりません」
「君にだけは言われたくない」
2人の音楽性の違いで部の存続が仄かに危ぶまれている中、彼女がとっさに口を開く。
「そういえば先輩、あのCDプレイヤーっていつからあるんですか?私がここに来た頃には既にあった気がしますけど」
「僕がここに入部した時には既にあったから、少なくとも2年以上前に置かれたものだろうね」
「ほへー、そんな前ですか。てことは、このCDプレイヤーは先輩よりも先輩ってわけですね。ほらほら、大事にしないと。敬わないと」
「ほう、君が"敬う"なんて超難度な単語を使ってくるなんて意外だな。ちょっと見直したよ」
「どう考えても馬鹿にしてる……。にしても変な形してますよね。本当にまんまるです」
「そうだな。設計の段階で気づかなかったのかね」
先程から2人が話題に挙げているCDプレイヤーは、底を少し平らにする等といった処置がまったくされていない正真正銘の"球体"なのである。CDの出し入れは中心を割るように開いて行う。電源供給はコードが抜去できる充電式のため、徹底して球体を保っている。今は円の中心をくり抜いた木材のおかげで机から落ちずに済んでいるが、こいつがなければ"大先輩"はころころ転がり落ちて名誉の死を遂げることになるであろう。名ストッパーである。
「穴が3つ空いていたら廊下でボウリングでもしたくなっちゃいます」
「敬えと言ったのはどこのどいつだ」
「それはそれ、これはこれ」
「どれだ。……じゃあピンはこのフィギュアでいいかな」
「はぁ!?何考えてるんですか!馬鹿ですか!やめてください!」
「…………はぁ」
"IQが10以上違う人間とは会話が成立しない"。彼は不意にそんな都市伝説を思い出し、勝手に納得した。
気がつけば外はすっかり暗くなり、烏も闇に溶けていなくなってしまった。
「もうこんな時間か。ほら、部屋閉めるから荷物まとめろ」
「あらほんとですね。では、大先輩は部室でお留守番です。部室の平和を見守っててくださいね」
「……別れの言葉はそれでいいのか」
「永遠の別れみたいに言わないでくださいよ!」
「そういう時は"今生の別れ"と言うとそれっぽく聞こえるぞ」
「こ、根性?」
「今生。この世で生きている間ずっとって意味だ」
「えー!そんなの嫌ですよ!また明日も来ますからね!絶対ですからね!」
「そうだな。また明日来よう」
「絶対ですからね!」
「その時はあのフィギュアも絶対に倒してやる」
「まだその話続いてるんですか!?ていうか駄目ですよ!」
他愛もない会話と共に2人の影も段々黒く染まっていき、なくなった。明日になればまた2人はここへ来、思いおもいの時間を共有し、そして帰っていくのだろう。私はそんな2人を眺めている事に幸せを感じる。時には猫なで声を出しながら、そして時には緩やかな川のせせらぎを想起させながら。
またもぼんやり思いついたのでぼんやり描いてみました。地の文があれば多少は楽に描けるかなと思ったのですが、これはこれで別の難しさが出てきますね。それはそれで楽しいのですが。
あ、ちなみに劇中に登場するアレコレはモデルがあったりなかったりします。その辺は、まぁ適当に想像してください。固有名詞は極力出さないようにしています。
では。
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